9/21

 寒さで目が覚めた。昨日は暖かそうだったこのログハウスも、浜辺だからか、目張りしてある隙間のこれまたわずかな隙間からも冷気が入り込んでいた。気が付いたら朝だ。外に出てみると、存外いい天気だった。イシカリ川沿いの静かな住宅街を抜け、シャコタン半島まで海沿いを走った。オタルの街を見た。トマコマイからは敦賀までのフェリーが出ているが、オタルからは舞鶴までだ。僕は帰りの便はオタルから出る船にしてその日に街をじっくり見ようと通り過ぎた。海沿いの道は海岸線が入り組んでおり、トンネルが多かった。シャコタン半島に差し掛かると、海がどんどん青く、浜辺の水が透き通って海底が透けていくようすがわかった。ヨイチの町を通った。カムイ岬は快晴で、観光客で賑わっていた。岬の先までは往復一時間歩かねばならないらしい。単車を降りて女人禁制の門をくぐり、険しい山道を半刻歩いた。岬の先には灯台が立っていた。ここは、最も航海が難しいとされる灘の一つであるらしい。満潮の時期などは荒波で海岸線を歩くのが難しく、波に攫われた先人もいたようだ。亡くなった方の供養にと住民がノミで掘り進んだという小さなトンネルも見た。険しい崖から海を臨むと、それは素晴らしい景色だった。水平線を境に空は白から青く、海は濃紺からそれは綺麗な水色へと変化していた。突き出た岬からポツポツと尖った岩が連なって海から顔覗かせ、波に打たれていた。空には雲ひとつなかった。僕はまた半刻かけて戻った。
 そこからは山に向けて峠をいくつか越えた。ニセコパノラマラインはあいにくの曇り空だったが、僕は久し振りのワインディングを楽しんだ。リゾート地を抜けた山の中にある廃校になった小学校が今日の宿だった。途中、道を間違えてとんでもないジャリダートの山道に入ったりしたが、暗くなる前には旧小学校に到着した。何から何まで手作りで作ってあるようだった。「ととさんは今までいないんですよ」宿の主人は病気で街の病院に入院しているらしい。他の常連客に案内してもらい、教室の一室に荷物を置いて、職員室と書かれたドアに入ると、そこはカフェになっていた。レコードの暖かい音が部屋に充満していた。暖炉に火をくべて宿の主人の奥さんが帰ってくるのを喋りながら待った。「かかさんの車だ」白いワゴンが校舎の前に停まった。何か買い物をしてきたらしい。みんなで手伝おうと玄関まで行くと、小さな男の子がかけてきて「来い!」と僕の腕を引っ張った。ととさんとかかさんの末っ子らしかった。廊下を小さな車で走り、体育館を一周して、ブランコに乗った。「ゆうくん、あっちいくから、肩車!」僕はハンモックのブランコに乗った男の子の背中を押しながら、疲れ果てていた。校舎の裏の川まで忍者ごっこをしながら走り、長靴を持ってきて川に入った。「お前は今日からオレジな!」改名し、ゆうくん船長の仲間となった僕は、いや、僕が船なのだが、ゆうくんを乗せてひとしきり校舎の周りで遊んだ。ゆうくんはあとでかかさんに濡れた服を怒られたようだった。受付を済まし、常連客が淹れてくれたものの飲みそびれたコーヒーを飲みながら一服していると、またゆうくんがやってきて、「テレビ見なきゃ!見逃しちゃだめだよ!」と言って僕を自宅の方まで連れて行った。自宅と言っても校舎の中にある教室だ。教室の中で僕たちは子供向けアニメを二本続けて見た。そうこうしているうちに、晩御飯の時間になったらしい。同泊するのは5人で、僕以外は以前に泊まりに来たことがあるようだ。

 僕たちはかかさんの美味い飯を食べ、手作りの風呂に入り、晩酌をして、宿泊客のなかのひとりにピアノを弾けるものがいたため、古いピアノから穏やかに流れるジャズを聴き、眠った。